法華経編 / 二説
どの寺でも、朝起こす時に以下の言葉を使います。
「時間を無駄にするな。時は人を待ってはくれない。
今の人生で悟りを開かなれば、いつ悟りを開くというのだ!?」
(光陰惜しむべし。時人を待たず。
この身、今生に度せずんば、いずれの時にか 、この身を度せん)
果たしてどんな気持ちが、こういう言葉を言わしめたか?
・・・それは、「人生に対する価値観」です。
そもそも、自分の人生の価値とは、あくまでも
内面を高めるところから生れるものです。
そして、自分の人生の価値を、高めていく情熱がなければ、
こんな言葉は出てこないですよね。
だから、これは、人生の価値を無限に生かそうと思ったときに、
初めて出てくる言葉でもあります。
それに、人間の身に生まれるということはめったにありません。
人間は、お金の損得や風評など、外の世界の
価値基準が入ってくると、心に恐怖が生まれます。
そして、恐怖によって、世界の奴隷になってしまうのです。
だから、時間を無駄にしないようにしなければなりません。
心の中で言い訳をして行動しないのはエゴゲームです。
それでは、火のついた家で遊んでいるという、法華経に出てくる子供と同じです。
仏法とは無辺の宇宙であり、これに生きるとは、自我の呪縛から逃れ、
真の自由性を獲得する無限の道を歩むことなのです。