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	<title>Nembutsu Sangha</title>
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	<description>浄土宗和田寺 念佛僧伽</description>
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		<title>住職に聞く　第1回</title>
		<link>http://www.nembutsu.net/ask_chief/issue1</link>
		<comments>http://www.nembutsu.net/ask_chief/issue1#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 11 Jul 2009 03:12:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[住職に聞く]]></category>

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		<description><![CDATA[この連載は、タオ指圧／気心道の創始者、音楽家など、様々な顔を持つ和田寺の住職である、遠藤喨及さんにインタビューしていくものです。

こちらの質問に、一体どんな言葉が返ってくるのでしょうか・・？　読んでいる皆さんご自身が、喨及さんとじっくり対話している・・・そんな臨場感あふれる記事にしていきたいと思っています。

これから回を追っていくことで、どんな展開になるのか？　予測もつきません。また、だからこそ、生き生きした連載になるんじゃないか？　そんな予感もあって、わくわくしています！]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p><img src="http://www.nembutsu.net/wp-content/uploads/2009/07/title_askchief.jpg" alt="住職に聞く" title="住職に聞く" width="500" height="179" class="aligncenter size-full wp-image-201" /></p>
				<p>この連載は、タオ指圧／気心道の創始者、音楽家など、様々な顔を持つ和田寺の住職である、遠藤喨及さんにインタビューしていくものです。</p>
				<p><span>こちらの質問に、一体どんな言葉が返ってくるのでしょうか・・？　読んでいる皆さんご自身が、喨及さんとじっくり対話している・・・そんな臨場感あふれる記事にしていきたいと思っています。</span></p>
				<p><span>これから回を追っていくことで、どんな展開になるのか？　予測もつきません。また、だからこそ、生き生きした連載になるんじゃないか？　そんな予感もあって、わくわくしています！</span></p>
				<h4><img class="alignright size-full wp-image-165" title="和田寺住職 遠藤喨及" src="http://www.nembutsu.net/wp-content/uploads/2009/07/ryokyuendo225x300.jpg" alt="和田寺住職 遠藤喨及" width="225" height="300" />プロフィール</h4>
				<p>18歳の頃、音楽演奏中の神秘体験をきっかけに、精神世界に興味を持つようになり、瞑想を始める。19歳より、念仏三昧の行を始め、22歳で回心を体験する。その後、25歳以降の十年間は、たった独り念仏修行を続ける。<br />
				1991年、中央仏教学院専修課程卒業（通信）。1994年、受戒得度し、浄土宗の僧籍に入る。1996年、浄土宗・教師資格取得。<br />
				また、この頃より、北米、ヨーロッパ、中東、オセアニア等の世界各地で、タオ指圧の講習や念仏ワークショップを行なう。そしてその足跡が、世界八か国の念仏サンガとなる。2007年、和田寺の住職に就任。</p>
				<h4>著書等について</h4>
				<p>タオ指圧／気心道創始者として、「タオ、気のからだを癒す」（講談社＋α文庫）、「気心道」（だいわ文庫）等、五冊の著書がある。さらに、数ヶ国語に翻訳出版されている。<br />
				音楽家としては、「ウォーター・プラネット」（ライアル・ワトソン推薦版）など、五枚のＣＤアルバムがある。またこれらは、テレビ・ラジオでオンエアーされている。<br />
				一方、ゲーム発明家（Strat-X）などの顔もある。</p>
				<h2>第一回</h2>
				<p><span>――　現在、東京と京都の和田寺念仏道場では、念仏修行以外にも、タオ指圧を学ぶためのクラスやタオ療法の施術ルーム、また、NPOユニでの海外支援など、いろいろな活動をしていますが、それは、どうしてですか？</span></p>
				<p><em>住職</em>　<strong>それはカルトだからです！と、いうのは冗談（笑）。</strong></p>
				<p><strong>私が浄土宗という、伝統的な仏教の僧籍にあって、たまたま和田寺というお寺の住職となり、かつ、長年に亘ってタオ指圧の治療や指導、また、ささやかな海外援助など、その他、諸々をして来たからです。</strong></p>
				<p><span>――　海外援助は、どのように始まったのですか？</span></p>
				<p><em>住職</em>　<strong>アジアの国々を　貧乏旅行していた経験から、豊かな北半球の日本に生まれたんだから、海外援助ぐらいは、しなきゃならんと思ったのです。</strong></p>
				<p><span><strong>それで、最初は個人レベルでしていたんです。でも、タオ指圧<span style="font-weight: normal; "><span><strong>を学ぶメンバーが増えたので、</strong></span><span><strong>“</strong></span><span><strong>良かったら皆さんも<span style="font-weight: normal; "><span><strong>一緒にやりませんか？</strong></span><span><strong>”</strong></span><span><strong>　と声をかけたのが始まりです。</strong></span></span></strong></span></span></strong></span></p>
				<p><span><strong>もっとも最初は、単なる金集めじゃないかと疑われたり、誤解されたりもしていたんですが・・・。</strong></span></p>
				<p>――　海外援助の資金は、現在、どのようにして、まかなっているのですか？</p>
				<p><em>住職</em>　<strong>NPOユニ会員の月会費（￥５００）の他に、ユニとして開催している「気と心の学校」の参加費が、海外援助に充てられています。</strong></p>
				<p><span><strong>また、道場（タオサンガ・センター）やイベントで行われている、タオ療法のチャリティー施術もそうですね。</strong></span></p>
				<p><strong>まあ、ようするに、志ある方々、タオ指圧修養メンバ?や念仏サンガメンバーの個々の活動が、海外援助に生きているのです。ありがたいことと感謝しています。</strong></p>
				<p><span>――　和田寺念仏道場と言っても、東京も京都も民家みたいな造りですね・・。</span></p>
				<p><em>住職</em>　<strong>そうです。いわゆる普通のお寺とは、まったく違いますね。</strong></p>
				<p><strong>和田寺そのものは島根県に本寺があって、何百年かの伝統がありますが、東京も京都も民家を改造した、これの出張道場というような形です。</strong></p>
				<p><strong>でも、一番の特徴は、いわゆる葬式とか法事などの、普通のお寺がやるような儀式は行なっていないことでしょうね。</strong></p>
				<p><strong>というのは、当道場は、あくまでも生きた人々に修行の場を提供するという信念で開いたものだからです。</strong></p>
				<p><strong>したがって、仏教の道場としては、修行の合宿や定期的な修養会を中心とした活動だけが行なわれています。</strong></p>
				<p><strong>そして、タオ指圧を学ぶ人たちの中にも、熱心な修行者が現れてきています。</strong></p>
				<p><strong>またそれとは別に、仏教に関心をもって、あるいはそういった修行の道を志して来られる人たちもいらして、素晴らしいことだと思っております。</strong></p>
				<p><strong>オウム真理教のようなカルトに、純粋な若者たちが入ってしまうのは?葬式仏教と言われて久しい既存のお寺が、修行の場を若者たちに与えてこなかった事も、原因の一つであると、私は考えています。</strong></p>
				<p><strong>そういったこともあって、ぜひ若い人々に、また、どんな年齢層にも関係なく、己れのたましいを磨く志のある方々には、修行の場を提供して差し上げたい、またそれは、仏教者としての務めである。そう思ったのです。</strong></p>
				<p>――　実際、和田寺ではどんな修行が行われているのですか？</p>
				<p><em>住職</em>　<strong>和田寺は浄土宗のお寺ですので、基本は念仏修行です。</strong></p>
				<p><strong>伝統的に念仏には、信という側面と、行という側面があります。</strong></p>
				<p><strong>信は、「歎異抄」という本で、親鸞上人が語られているような内容を言います。（＊注　著者は、弟子の唯円と言われている）</strong></p>
				<p><strong>また、行には古来より、一時間二時間と集中的に行なう一行三昧があります。</strong></p>
				<p><span><strong>そして、これによって定（瞑想状態）を得て、仏さまの神秘融合を受けるという体験を得ることがあります。</strong></span></p>
				<p><strong>だから、京都の道場では、滝に打たれながら念仏する<span style="font-weight: normal;"><span><strong>“</strong></span><span><strong>滝行念仏</strong></span><span><strong>”</strong></span><span><strong>に行くこともあります。</strong></span></span></strong></p>
				<p><span><strong>朝まで寝ずに行なう、不断念仏も行なわれています。</strong></span></p>
				<p><strong>また、仏教者として大切な経典や、エックハルトなどのキリスト教神秘主義者のテキストを勉強したりもします。</strong></p>
				<p><strong>その他の特徴としては、独りよがりの修行に陥らないように、カウンセリング的に人の心を理解する修練も行っています。　</strong></p>
				<p><span><strong>というのは、和田寺念仏サンガには、人と心をつなげるための、コミュニケーション・スキルの修養システムがあるのです。</strong></span></p>
				<p><span><strong>そして、これを「サンガ・コミュニケーション」（通称・サンコミ）と呼んで、重要な修行のーつとして位置づけています。</strong></span></p>
				<p><span><strong><br />
				</strong></span></p>
				<p><span>――　現代は、みんな、本当のところでの対話に飢えているように、感じますね・・？</span></p>
				<p><em>住職</em>　<strong>いつの間にか、人生の成功とは、物質を豊かにすること、お金を溜め込むこととカン違いするような社会になってしまいました。</strong></p>
				<p><span><strong>しかし、人生とは何か？　と聞かれたら、それは、つまるところ人間関係ではないか？<br />
				人間関係によって、どのような物語を紡いで（つむいで）いるかが、人生ではないでしょうか？</strong></span></p>
				<p><strong>となると、幸福とは、その人が、どれほど他者と良い物語をつづっているか、ということになりますね。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</strong></p>
				<p><span><strong>ということは、本当の財産とは、モノの量ではなく、豊かな人間関係ということです。</strong></span></p>
				<p><strong>もっとも、この豊かな人間関係というのは、お金や地位をバックにしたものではありません。<br />
				たとえそれらが無くなったとしても失われることのない、相互の信頼や支え合いの関係がどれだけあるか、ということですが。</strong></p>
				<p><strong>そしてそれは、これまでの人生で、どれだけ自分が誠実に、人を大切にして生きてきたかの結果ではないかとも思います。</strong></p>
				<p><span><strong>仏教でも、</strong></span><span><strong>“</strong></span><span><strong>人を大切にすれば「徳分」が増え、<span style="font-weight: normal;"><span><strong>物を大切にすれば、「福分」が増える</strong></span><span><strong>”</strong></span><span><strong>といいますけど。</strong></span></span></strong></span></p>
				<p><strong>ところで、人の気持ちを理解したり、また人を幸せにする言葉を、仏教では「愛語」といいます。<br />
				だから、人を大切にするような言葉、愛語をつむぐ対話のスキルを身につけること。</strong></p>
				<p><span><strong>これは、仏教者として、また人としても、先の意味での幸福に生きていくためには、必要なことだと思います。</strong></span></p>
				<p>――　このような形で、一般の人に修行の場を提供しているお寺というのは、実際、珍しいのではないでしょうか？</p>
				<p><em>住職</em>　<strong>そうかも知れませんね。でも、修行だけでしたら、数は、そう多くはないかも知れませんが、あると思います。</strong></p>
				<p><strong>たとえば、禅寺などでも、一般の人向けに、写経会や座禅会を行なっているところがあります。</strong></p>
				<p><span><strong>禅宗の円覚寺のような大きなお寺でも、何日間かの接心という、修行の機会も提供していたと思いますよ。</strong></span></p>
				<p><strong>また、最近は比叡山でも、一日だけの回峰行体験を提供したりするそうですね。（＊千日回峰行とは、千日間に亘り、山々を駆け巡り、最後の９日間は、飲まず、食わず、眠らないという過酷な修行）</strong></p>
				<p><span><strong>その他、山伏の修行に滝行に行くとか、そういったことも行なわれているようですよ。</strong></span></p>
				<p>――　念仏修行ではどうでしょう？</p>
				<p><em>住職</em>　<strong>念仏三昧の伝統というのは、遥か二千年の昔から、大乗仏教の基本の行としてあるんです。</strong></p>
				<p><span><strong>それは、インド、中国、日本と伝わって来たものですけど、今現在、そのように念仏を中心とした修行が行なえるのは、光明会など、もうわずかな所しか残っていないようです。</strong></span></p>
				<p><strong>そのわずかなことを、もう一度ぜひ復活させたいというのと、大乗仏教の理想を、再び実現させたいという願いがあります。</strong></p>
				<p>――　その大乗仏教の理想とは、どういうことなんですか？</p>
				<p><em>住職</em><span>　</span><strong>それまでの仏教というのは、出家主義だったわけですね。<br />
				つまり、お坊さんになった人だけが悟りを開く事が出来るということです。</strong></p>
				<p><span><strong>それで、一般の人はどうかといえば、お坊さんにお布施をして、その功徳によって来世には天上界に生まれる、あるいは地位あるお金持ちの家に生まれる、そういうものが、一般の人にとっての仏教だったのです。</strong></span></p>
				<p><span><strong>もっとも、このスタンスは、現在でも、タイ、ミャンマーなどに伝わった上座仏教では、変わっていないと思います。</strong></span></p>
				<p><span><strong>しかし大乗仏教は、出家主義でなく、利他主義です。</strong></span></p>
				<p><span><strong>つまり、他の人々の為に修行するかどうかが問題なのであって、本来、坊さんかどうかは無関係です。</strong></span></p>
				<p><span><strong>このため、初期の大乗仏教では、利他の修行する人たちのことを、みな菩薩と呼んだのです。</strong></span></p>
				<p><span><strong>そこでは、何人であろうと平等です。</strong></span></p>
				<p><span><strong>男性であろうと女性であろうと、志の高さ如何によってリーダーにもなり、その理想で大乗仏教は進んでいったんです。</strong></span></p>
				<p><strong>もともとは、仏教そのものに、カースト制度の否定があり、平等主義なんです。しかし、大乗仏教になると、出家在家の別なく、さらに、当時差別の対象だった女性リーダーまでがいたのです。</strong></p>
				<p><strong>このように、志と修行いかんによって、誰でもが悟りを開くことが出来るというのは、大乗仏教の理想です。</strong></p>
				<p>――　大乗仏教と念仏とはどう関係があるのですか？</p>
				<p><em>住職</em><span>　</span><strong>大乗仏教は、歴史的に仏舎利塔の崇拝から始まったといわれています。</strong></p>
				<p><strong>仏舎利塔というのは、お釈迦様の遺骨を祀った塔のことで、別名ストゥーパ、あるいはパゴタといいます。</strong></p>
				<p><span><strong>日本のお墓に卒塔婆（そとば）というのがありますけど、あれはストゥーパが、“そとば”へと読み方が変わっただけです。</strong></span></p>
				<p><span><strong>だから、木の卒塔婆（そとば）は、仏舎利塔の形をしていますね。</strong></span></p>
				<p><strong>で、その時代に、どのようなことをしていたかというと、人々は仏舎利塔の周りを、仏様のことを念じながら、時に、歌ったりしながら回り、また仏さまに呼びかけたりをしていたのです。</strong></p>
				<p><span><strong>仏様を一心に念じることによって悟りが開かれる、と。</strong></span></p>
				<p><span><strong>そのあたりの雰囲気は、法華経等によく出ていますね。</strong></span></p>
				<p><strong>だから、仏を念じることが大乗仏教の修行の土台だったのです。</strong><br />
				<span><strong>そしてここから、仏を念じる「念仏」の行として成立していくんです。</strong></span><br />
				<span><strong>つまり念仏は、大乗仏教の始原の姿だったと言えるのです。</strong></span></p>
				<p><strong>それから、もともと仏教は、仏像を造ることは禁止されていたんです。</strong></p>
				<p><span><strong>しかし、やがてギリシャ人仏教徒たちが多くなるにつれて、ギリシア彫刻に見られる彼らのイメージ文化を仏教に持ち込んだ。そして彼らは、仏像を造る様になったんです。</strong></span></p>
				<p><span><strong>その結果、たんに思慕するだけでなく、仏様のお姿を具体的に心に思い浮かべることによって、悟りの智慧が開かれていくという、基本的な大乗仏教の修行形式が生れたのです。</strong></span></p>
				<p><span><strong>もっとも、お釈迦さまご自身の、“如来を念じなさい”という言葉も残っています。</strong></span><strong></strong><br />
				<span><strong>そして、それらの流れによって、“仏様のみ名を唱えながら、仏の姿をイメージする”という一行三昧、すなわち、念仏三昧という行法が成立していくのです。</strong></span></p>
				<p><strong>さらに、和田寺念仏サンガ道場では、大乗仏教の根本精神である利他主義を標榜しています。</strong></p>
				<p><span><strong>だから、 “一切の、生きとし生けるものの悟りと幸福を願って念仏を唱え、仏様を念じていく”を基本として、念仏三昧の修行を行なっています。</strong></span></p>
				<p>――　ギリシャ人の仏教徒がいたなんて、初めて聞きました。</p>
				<p><em>住職</em>　<strong>そうですね。あまり一般には知られていないかもしれません。</strong></p>
				<p><strong>しかし実際、古代の東西の交流は、我々が思っている以上に盛んでした。たとえば、哲学者や芸術家を含む多くのギリシャ人が、アレクサンダー大王の遠征と共にガンダーラ（現在のパキスタン）にやって来たのです。</strong></p>
				<p><span><strong>そして、仏教に帰依した者も多く、当然、そこで様々な文化交流が行われたのです。</strong></span></p>
				<p><span><strong>もっともそれ以前から、インドのアショカ王は、各地に伝道師を派遣していました。</strong></span></p>
				<p><span><strong>その働きによるものかは明確ではありませんし、学問的な立証までは至っていませんが、かつてエジプトのアレキサンドリアには、仏教センターらしきものまであったと聞いています。</strong></span></p>
				<p><strong>また、紀元二世紀頃だったと思いますけど、スリランカの仏舎利塔に、二万人のギリシャ人のお坊さんたちが来たという記録すらあるそうです。</strong></p>
				<p><span><strong>余談ですが、仏教の「空」や、すべての存在はつながっているという、縁起の思想は、ギリシャのプロティウス哲学に影響を与え、「一者」（宇宙霊）の概念を生むもととなりました。</strong></span></p>
				<p>――　仏像の中で、西洋人の顔つきに似ているものがあるのは、そこに由来があるのですね。</p>
				<p><em>住職</em>　<strong>そうですね。</strong></p>
				<p><strong>アポロン仏と言われていまして、初期のころの仏像は、やっぱりギリシャ人の顔をしていますね。</strong></p>
				<p><strong>造った人の顔に似るのは自然な流れですからね。</strong></p>
				<p><span><strong>まあ、日本の仏像には、既にあまり見受けられませんが、中には、影響の残っているものもあると思います。</strong></span></p>
				<p style="text-align: center;"><span>〜続く〜</span></p>
				<p style="text-align: center;"><span>＊海外援助に関しては、</span><a href="http://www.globaluni.org/" target="_blank">http://www.globaluni.org/</a><span>　をご覧下さい。</span></p>
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